近視は、そんなに悪いことでしょうか?
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最近、「子どもの近視が増えている」「近視は抑えなければならない」
そんな言葉をよく聞くようになりました。
でも、ふと疑問に思うことがあります。
近視って、本当に悪いものなのでしょうか。
■ 目は、がんばり屋さんです
私たちの体は、とてもよくできています。
よく使うところは強くなり、
あまり使わないところは、少しずつ変わっていきます。
腕の筋肉も、足腰も、同じです。
そして――目も同じなのです。
■ 今の生活は「近くを見る」生活
今の私たちの生活を思い浮かべてみてください。
・本やノート
・スマートフォン
・パソコン
・タブレット
一日のうち、どれくらい遠くを見ているでしょうか。
ほとんどの時間、
私たちは近くのものを見て暮らしています。
■ 近視は、目からの「工夫」
そんな生活の中で、
目は一生懸命に工夫します。
「近くが、もっと楽に見えるようにしよう」
その結果、
近くが見やすい目に変わっていく――
それが近視です。
言い方を変えれば、
近視は、
今の生活に合わせて
目ががんばった結果
とも言えます。
■ がんばりすぎたら、止まります
がんばり屋の体ですが、
ずっと変わり続けるわけではありません。
必要なところまで行けば、
ちゃんとブレーキがかかります。
実際、多くの人の近視は、
・子どもの頃に進み
・大人になると、自然に止まります
これは、体がバランスを取った証拠です。
■ 無理に元に戻すと、どうなるでしょう
ここで、ひとつ考えてみてください。
近くを見る生活はそのままなのに、
目だけを「元どおり」に戻したら――
どうなるでしょうか。
体からすると、
「まだ見にくい」
「もう少し工夫したい」
そんな声が、また出てくるかもしれません。
目だけを無理に変えると、
かえって負担が増えることもある
という考え方です。
■ 眼鏡は「戦う道具」ではありません
眼鏡やコンタクトレンズは、
近視と戦うためのものではありません。
・遠くを見るとき
・安全のために必要なとき
・生活に困るとき
助けが必要な場面で、そっと助ける道具です。
いつも完璧でなくてもいい。
必要なときに、使えばいい。
そんな付き合い方も、ひとつの考え方です。
■ 大切なのは、目だけではありません
近視が増えている理由は、
目だけの問題ではありません。
・勉強のしかた
・遊び方
・外で過ごす時間
・大人の働き方
私たちの暮らし全体が、
目に影響しています。
■ 近視は「悪者」ではないかもしれません
近視は、
目がサボった結果ではありません。
むしろ、
一生懸命、
今の生活に合わせようとした結果
そう考えると、
見え方に対する気持ちが、少し変わるかもしれません。
現行の社会の中で起きていること
私たちが暮らしている今の社会は、
・文字を読む
・画面を見る
・正確さと速さを求められる
・長時間、同じ姿勢で集中する
こうしたことを、子どもの頃から当たり前のように求めます。
これは「悪い社会」という意味ではありません。
ただ、目の使い方としては、とても偏った社会です。
社会が変われば、目も変わる
もし毎日、
・広い草原を見渡し
・遠くの動きを見つけ
・体を動かして暮らす
そんな生活だったら、
今ほど近視は増えなかったでしょう。
けれど現代では、
近くを、長く、正確に見る目
が求められます。
その結果として、
その役割に向いた目が増える――
それは、ある意味とても自然なことです。
近視は「社会の写し鏡」
近視は、
・その人の弱さ
・その子の問題
ではありません。
むしろ、
その社会が、
どんな目を必要としているか
を映し出す、鏡のような存在なのかもしれません。
目だけに「無理」をさせていないでしょうか
近視が増えたとき、
私たちはまず「目」を何とかしようとします。
・薬
・特殊なレンズ
・トレーニング
もちろん、それらが役立つ場面もあります。
けれど一方で、
・学び方は変えない
・生活リズムも変えない
・社会の要求もそのまま
そのまま目だけに
「がんばれ」「負けるな」と言ってはいないでしょうか。
近視を責めない、という選択
近視を
「抑えなければならない敵」
として見るのではなく、
「今の社会で生きるために、
目が選んだ形」
と考えることもできます。
そう考えると、
・無理に戦わない
・必要なときだけ助ける
・生活全体を見直す
という、少しやさしい選択肢が見えてきます。
おわりに(少しだけ大人へのお願い)
子どもの目は、
大人が作った社会の中で育ちます。
だからこそ、
目だけを変えようとする前に、
社会の使い方を
少しだけ見直してみる
そんな視点も、
これからは大切なのではないでしょうか。
近視は、
何かが「間違っている」証拠ではありません。
それは、
今の社会に、きちんと適応しようとした結果
なのかもしれないのです。
■ おわりに
近視を無理に抑えなくても、
困るときは、ちゃんと助ける方法があります。
そして何より大切なのは、
目だけを責めないこと。
近視とうまく付き合いながら、
目にも、体にも、やさしい暮らしを
考えていけたらいいですね。